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情 状 酌 量 。

もやもやしつつ、もやもやしない。

クリエイティブ整形 ー未来の整形はいかにー

 私は整形手術が好きではない。女性なら思春期頃には誰でも「もうちょっとこの目が大きかったら」などと思って自分が整形をしたらという可能性をいくらかは考えてみるものだろう。でも本質的なことを考えていくと、結局整形は欲望から生じる気の迷いであるから一回やったところできりがないし、そんなことをするくらいなら内面的な努力をした方が良い。芸能人が整形をするのは殆ど顔をスタンダードな美しさにするためのものではなく、むしろ違和感を形成するものだと私は思う。芸能人の場合、普通であったら誰も見てくれない。ちょっとだけ手を加えることで微妙に不自然な線が出来て、そんなものを人はいつまでも見てしまうのだと思う。そういう整形は欲望に突き動かされた気の迷いというよりは、人間の関心を引くための戦術と言った方が相応しい。

 韓国は美容整形が盛んだが、彼らの整形はスタンダードの美を手に入れるためのものであるから基本的な目指す顔が4種類くらいしかないと聞く。プチ整形でなく、全体を変えてしまう人も多いので、ソウルの街中を歩くと整形の女性だらけである。日本とは違ってマスクをしているだけで “術後”だと思われるという。…仮面じゃあるまいし「とりあえずこれで」的な美容整形は、欲望に突き動かされているのが全面に出てしまうから、どうしても下品さが浮き彫りになる。整形への原動力が他人よりも優位に立ちたいとかなのだから美しくなりようがない。そんなふうに欲を全面に出した整形戦争は滑稽で、戦略としても野暮だし、第一、全くクリエイティビティが感じられない。だが、皆がしているとそれが当たり前になってしまうようで、今では親が子供に整形手術のプレゼントを約束し大学受験をさせたりするらしい。さすがにそれはどうなの、という声もあるが、日本人と比べれば整形に対する感覚は全般的に麻痺しているし、根本的に「親がくれた身体」とか、「天に与えられたものを受け入れる力」は重要視されていないと見える。彼らに対して日本の感覚はかなり保守的であるということに気付かされる。

 一方中国はと言うと、人口の多さからか一歩先を行っていて、二次元の世界に入り込んだようなアニメ顔を整形手術によって獲得したりしている人がいるので時々インターネットで話題になっている。私はそういう人の顔には興味が無いが、そういうサイボーグ人間の生き方には興味がある。倫理的保守の立場から言えばサイボーグ人間もまた物質主義的欲望の塊に見えて気味が悪い。そもそもそこまで己の欲通りに生きるということは何だか不気味なことである。整形手術のみならず医療が嫌いな私の中にはそういう倫理的保守の感情が根強くある。しかし一つ視点を変えて見ると、それは新しい生き方の形であるということも認められ、単に倫理的保守の立場に収まっていることも出来ない。

 そもそも自分の美の形を整形と共に表現するのは、スタンダードの美を手に入れることとは意味が全く違う。スタンダードの美を目指す人間は誰かに好意的に受け入れられることとか、相対的に得をすることが目的だが、サイボーグ人間は、自分の思う世界、生き方の追求に先進的な技術が加わっているだけだ。第一、アニメの顔にしたってアニメの中に入り込めるわけではないのだから、世俗では受け入れられ難い存在になって圧倒的に不利だ。それにも関わらず、己を突き進んで、己の世界を構築していく勇気を持った人しか今のところサイボーグ人間にはなれないのである。 

 こういう己の世界の追求とその表現という観点からいくと、日本では叶姉妹が素晴らしい。例えば、『ジョジョの奇妙な冒険』の力強い世界観に全く違和感なく登場出来るのは恐らく日本では叶恭子氏くらいだなあと思って見ている。それくらい自分の世界が出来上がっているのだから表現者としか言いようがない。それから高須クリニックの社長も素晴らしい。ドバイの上をヘリコプターで飛ぶ高須クリニックのCMは物質主義批判の観点からするともはや嫌悪感が頂点の域に達しそうなものだが、あそこには突き抜けた爽快感と笑いがあるから時々あの歌を口ずさんでしまう。しかも彼自身がテレビで全身整形であることを明らかにし、更にはギャグ漫画家の西原氏と一緒にいるあたりに、明朗で迷いなき一貫した心と大人の“粋”を感じずにはいられない。彼のもまたせせこましい欲に突き動かされた何かであるというよりは、一つの徹底された生き方の形である。

 ともかく私がここで言いたいのは、自分の美の形や生き方を科学技術と共に表現し、追求するとき、それは整形と言えどもクリエイティビティであるということ、そのことの再確認である。そしてクリエイティビティを追求する「クリエイティブ整形」の視点から考えていくと、未来には恐らく“キュビズム整形”などが出てくるだろう、と私は個人的に予見している。ピカソのようなキュビズムの表現が現実における肉体の造形となることを考えていくと、何だか恐ろしいように思われていたあのマイケル・ジャクソンの整形は、却って最も先進的な形だったのではないかとも思われてくる。

 あなたなら一体どのような整形を施すか、自分の身体を3Dのキャンバスだと思って自由に変形を楽しんでみる可能性を考えるのも悪くないのではないだろうか。