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情 状 酌 量 。

もやもやしつつ、もやもやしない。

風水を哲学する1

最近引っ越しをした。

引っ越しをすると、気分が一新されて「インテリアをどうしようか?」という楽しい問題にぶつかる。

しかし哲学をする人間にとって「何かを選ぶ」というのはすごく難しいことだ。

一つのソファを選ぶのも、「本当にこれでなければならない必然性があるだろうか」ときたもんだ。

そんなこと考え出したら、疲れて頭が痒くなってしまう。

全てのことに必然性などないのだから。

・・・買いたくても買えない。

他人が欲しがるものを自分も欲しがるという「欲望」がないが故の悪循環に陥る。

仮に欲しいものがあったとしても値段が高すぎたりして、ノマド的人種が所有するには全く合っていない。

高いものを中古で売買するという手法もなくはないが、そこまでこだわりたいかというとそうでもなく・・・猫もいるから汚れるし・・・とか言っているうちに訳が分からなくなってくる。

いろいろ考えているうちに結論が出なくなり、結局スカスカの部屋で暮らす。

考えすぎる人間にはそういう「前に進めない」というデメリットがある。

 

それで、こういう時には古(イニシエ)の知恵に頼ろうではないか。と思ってみたりする。

これを機に風水でも学んでみよう。というわけだ。

風水というのは占いと同じで、「拠り所のない人たち」に、「拠り所を与えるもの」である。

結果として拠り所になりうるかどうかはわからないにしても、私だって、一度は鬼門がどうこう言ってみたい。「西側に黄色のものを置くとどう」とかいう縛りに苦しめられてみたい。

というのは嘘だけれども、そういうことを言う人たちが、どういうつもりでそういうことを言い出すのかを知りたいのだ。

そんな軽い気持ちで風水のアプリをダウンロード。

今時はお手軽なもので、「風水コンパス」というものがあって、方角にふさわしい色をスパッと教えてくれるので、ゲッターズ飯田いらず。

 

風水の基本的な考え方は、「気が良くなる=運気上昇」。

だから気をよくするために、方角の持つ「気」(水の気とか火の気だとか)に逆らわぬよう色を合わせて行ったり、幾つかの注意事項を守るというもの。

その注意事項のうちには根拠がわからず馬鹿馬鹿しく思えるものも沢山あるが、中には根拠がわかるようなものというのもある。

「ゴミ箱は蓋の閉まるものを使用する。」などが根拠がわかるいい例だ。

例えば台所のゴミ箱などだと、水気があるから単純に放っておくと腐乱したゴミに虫が寄ったり悪臭が漂ってくる。

アニミズム的視点の眼鏡をかけて見ればわかることだが、そこに良い自然の精霊がいるとは思われない事態となるから、その空間を遮断しつつ保ち、なるべくこまめにゴミは捨てましょう。ということだ。

これは人が「当然」と感じられるくらい、生理的感覚に等しいものだ。

部屋の中に「淀み」を作らないで、いつも「良い気」が循環しているようにすることが風水上、恐らく最も大事なことなのだ。

(こういうことを馬鹿馬鹿しいと思う視点も大事だと思うが、とりあえず風水はそんな感じだ)

 

「方角の持つ気」などについては、私には一体何の根拠があってそうなっているのか、現時点ではまるでよくわかっていないけれど、それらも恐らく気についての抽象的思考も出来る古代の専門家たちが思考に思考を重ねた末の結論なのであろうから、数年は保留しつつ考えることにして、、、

とりあえずは「気の淀みをなくす」という風水の基本が分かれば、あとは自分でその流れを感じ取る目を養い、それに応ずる家具の配置などを思考していけば良いのではないかと思う。

これは別に「原理がわかればあとは自分勝手にやっていい」という意味ではなくて、「視点の中枢に同じ原理が据えられれば、あとは大体同じような結論が出るであろうと思われる」、ということだ。

この意味ではルールに従って無理やりに整合性を取るよりも、「いま・ここ」にあるものたち、気の流れを自分で感じて、臨機応変に変更を加えていく方がよっぽど現実に即した形式を手に入れることが出来るだろう、ということである。