情 状 酌 量 。

もやもやしつつ、もやもやしない。

男性のラジオ好きアピール  ー個人の趣向とセルフプロデュースについてー

 

「俺、ラジオが好きなんだよね。」

と言ってくる男性を何人か見たことがある。

 

へぇ、ラジオが好きなんだ。

 

と思う。

最初は割りかし素直にそれを聞いたように思う。

 

その言葉の受け手である私は、確か最初は中学生だった(ような)。

そして今まで20年くらいをかけて、何人かそう言ってくる男性を見ているうちに、だんだんと違和感が生まれてくる。

どうも「ラジオが好き」と言ってくる男性は、自分の何かをアピールしているような気がする。という違和感だ。

 

これはきっと男性個人の感性のアピールなのだ。

それが一体どういう気持ちで発せられているかはわからないが、それは必ず、人間として一対一の場で起こる。しかも電話とか、手紙とか、チャットとか、どちらかというと内面的なやり取りをしている場で起こる。私が今名指そうとしている「彼ら」はそれを決して大人数の前で言わない。(気がする)

そのせいだろうと思う。受け手の私にはいつも、何かこう、男が自分の内面の湿り気や繊細さを、軽やかに、もしくは知的に、そして知的すぎずに、あるいはポップにアピールする何かに聞こえていた。

手っ取り早く言えば、自分にはその種の内面がある、ということをおしゃれにアピールしている感じがしていた。命名することでそれを馬鹿にしたりするような悪意はさらさらないのだけれども、それを名詞化するならば、「男の人のラジオ好きアピール」だ。

 

最も近しい男の友人が、出会って何年もしてからか、そう言ってくるのを聞いたとき、私は「これは、私の本心を言ってやらねば」という気がした。

あなたのその個人の感性アピールのようなものは、既に私の中でパターン化されてしまっていて、「括られている」ということを。

何一つ個人的な感性のアピールになっていないどころか、それを何人も見た女の私によって、違和感を持って見られているよ、ということを。

 

なので私は、

 

「何で男って、「ラジオが好きなんだよね」って言ってくるの?」

 

と指摘した。

と言っても、私の指摘には悪意はないどころか、どちらかというと相手の成長を促すための一種の優しさなので、信頼関係が成り立った上でしか言わないし、私が鏡を当てるのは、一定以上知的な人に限定されているので、言われた相手が予定調和をかき乱されて恥をかくようなことは、無論ないので心配ご無用。

 

相手もそれを恐らく十分わかりつつ、笑いながら

 

「え、男ってそういうこと言ってくるもんなの?笑」

 

と返す。それで私は、やっぱりな。と思う。

 

彼がその傾向を知らないのは、「俺、ラジオが好きなんだよね」という告白が、恐らく対女性に向けられた感性の告白(ないしアピール)であるせいなのだ。

男同士ではそのような語りが発生しないので、自分のような男が既に女性によってパターン化されているなんて、きっと思いもよらないのだ。

 

この種のラジオ好き以外の、純粋なラジオ好きの男は、特別媒体に拘っている感じも出さずに、さらっと、「俺、伊集院光のラジオが好きなんだよね」と、もっと具体的に、よりマニアックに話す印象がある。

伊集院光のラジオが好き」と言った場合、女性側がそこそこカルチャーに詳しくないと、それがどういう趣向なのかすらわからないので、趣向を見せすぎることで女性にひかれることもある。真のラジオユーザーはそういうリスクを普通に純粋におかしてくる気がする。

 

だけど、「ラジオが好き」くらいだと、そういう心配はない。

「私このカフェにくると必ずこのマフィンとコーヒー頼むの」という発言くらい、さっぱりとしていて小洒落ている。

 

どちらの内容であれ、特に知的な人による「〜が好き」という言葉には、程度の差はあれ、セルフプロデュース・自己表現が入っていることが多い。

だからある程度知的だったり知的情報の交換を好む人たちは、相手が純粋に何が好きかを聞いているというよりは、相手のセルフプロデュース・自己表現の内容の仕上がりを気にかけたりしていて、また自分が自己表現する際にも自分のセンスを偏りなく相手に理解してもらおうとしながら、「〜が好き」という言葉の中に自分のセンス、自己表現をねじ込んでいる気がする。

 

大人になってくると(か、あるいは私が自意識過剰だからかは知らないが)、段々その現象自体に倦み(ウミ)が感じられてきて、もはや「〜が好き」にセルフプロデュースないし自己表現をねじ込むコミュニケーションが面倒臭くて止めてしまう人たちも沢山いるだろうし、私のように、その現象自体を記し始める方が有意義な気持ちになってくる人もいたりと、「〜が好き」をどう「こなす」か、ということには個々人の性格がある程度出るように思われる。

 

話を戻すと。

とは言え、ラジオ好きアピールをする男の人が、私に対して、自分が繊細な男性であることを性的に意識させるために、アピールしていると思ったことはないし、彼らもそこまでいやらしいわけではない。

それが女性に対して行われるからといって、直接的に性的魅力のアピールに関係していると言えるほど話は単純でもなくて、受け手の私が分析するところによれば、それはきっと、男の「俺」というよりは「僕」である時の、自己の内面を表す表現の一種なのではないかと思う。

恐らく、彼らが間接的に表現しているのは、

 

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僕の心の中には、どちらかといえば女々しい(=女性のあなたに近しい)

僕がいます。

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というようなことなんじゃないか。それをポップに表現しているのが「俺、ラジオが好きなんだよね」という言葉なんじゃないかと私は個人的に思っている。