情 状 酌 量 。

もやもやしつつ、もやもやしない。

パニック障害メモ —パニック障害になってやったこと・やらざるを得なくなったこと—

 

過呼吸から始まって、不安や恐怖や動悸で普通に道も歩けない、カフェにも居座れない、電車も乗れない、本も読めない、呼吸が上手くできない、悪いイメージに苛まれる、狂いそうな感覚を覚える・・・

どうにもこうにも症状が豊富過ぎて、全てを表しきれないのがパニック障害です。

まだ一人で飛行機に乗ったことはないので完治とまでは言えませんが、普通に生活は出来ています。

私が薬を飲まずに治す過程で行ったこと、行わざるを得なかったこと、配慮していたことのメモをここに残しておきます。

 

 

オステオパシー 

過呼吸から全身の激しい痺れで救急車で運ばれ、翌日も震えや恐怖が止まらず、一体何が起こったのかわからずに始まったパニック障害。友人の施術者に家まで来てもらい、パニック障害だと気付くまで繰り返し施術してもらっていた。姿勢の歪みやからだ内部の歪みをとることで、体から無駄な緊張を取り除く効果があった。初期の頃は何が何だかわからなかったので、友人の施術だけが心の支えだった。初期の重度の症状をある程度のところまで持っていくためには、オステオパシーも良いし、鍼治療も良いと思う。

 

・糖分(白砂糖)を控える

数日で治るだろうと考えていた症状が全く治らないまま数週間が経ち、家にいても突如激しい恐怖で息苦しさで、お守りを握りしめて呪文を唱えないといられないくらいになった(私は全くそんなタイプではなかったので、自分でも意味不明。一つ言えるのは自分を追い詰めても平気でいられる精神が、全くその強度のまま自分を最大限不安・恐怖へと追い込むので、追い込む力がある人は要注意)。突然来る恐怖の原因がわからずにいたが、徐々に原因は白砂糖であることが判明。血糖値の急激な上昇を抑えるために、家での上白糖の使用をやめる。お菓子もとらないようにした。

 

・カフェイン、冷たいものをやめる

私のパニック障害は自律神経失調を伴う、副交感神経と交感神経のスイッチの病気だったので、カフェイン、冷たいものの摂取は以ての外。

 

・水筒に入れたお湯を持ち歩く

副交感神経へとスイッチを切り替えるために持ち歩くもの。最初は普通に道も歩けなかった。雑踏を聞くだけで動悸がした。1年半経つくらいまでは、一人で少し離れた場所に行く時は必ず持参していた。

 

・陰ヨガ

オステオパシーで友人が「今のところできることはやった」と言ってくれた後からも、激しい不安と恐怖に定期的に襲われた。パニック障害では、想像したことが普段の何倍もリアルに感じられてしまう(人によって症状は違うかもしれない)。私の場合首を切られるイメージが繰り返しリアルに頭の中をよぎり、自分の首が切り取られる音まで聞こえるようだった。体内で刃物が自分を切り裂くようなイメージもあった。想像した全てが、実際に起こっているかのようにリアルに感じられる。悪霊に取り憑かれたとはこのことだ、と言いたくなるような、この上なく辛い白昼夢。ヨガでリンパの流れを良くすると、このイメージが7割がたましになったので、日課となった。本来運動でもこれは防げたのではないかと思うが、一回重度のパニック障害になると、既に激しい運動を急に行うことはできないので、陰ヨガ(自律神経を整えるためのヨガ)が最も良いと思う。1年以上続けた。

 

因みに悪いイメージは基本的に、それまで自分が見たもの、イメージした事があるものが出てくる。だからグロい映画などを見続けている人は、それ相応のものが出てきて、発狂しそうなくらいの悪夢を実体験することになるので要注意。

 

・瞑想

私は初回の発作(過呼吸)で頭まで痺れてしまっていた(その恐怖で救急車を呼んだのだが)。あまりに脳が重度の緊張を強いられたのか、パニック障害を発症後、瞑想のやり方は自然とわかるようになった。瞑想をするだけで、脳が癒されるのがはっきりとわかるようになったのだ。

原因の不確かな動悸、狂うのではないかという恐怖、離人感などの症状に襲われた時は、必ず、ヨガと瞑想と呼吸法を行った。

ヨガはリンパの流れを良くし、かなり症状を軽くする。それでもダメな時は瞑想。特に寝る前は目を閉じても、体が眠りに向けてうまく収まらず、不安で眠れないことが多々ある。瞑想で体のリズムを整える。呼吸によって脳の動きと内臓の動きとを落ち着かせ、不穏なイメージを軽くすることができ、また早く眠れるようになる。

 

・呼吸法

現代人は呼吸が浅い、というのが自律神経系の不調やパニック障害の根本原因の一つ。自律神経の働きはコントロールできないが、唯一呼吸はコントロールが出来る。吐く息を長くする。これによって自律神経の働きを整えることができると言われている。

眠れない時は呼吸法に気をつける。不安な時は深呼吸をして息を長く吐く。かなり症状が出ている人なら、息を長く吐くときに、脳が休まる感覚があるのもわかるはずだ。

 

・ウォーキング、電車の練習

リズム運動、日光浴と行った、セロトニン生成のために欠かせない運動。

だが特に薬を飲まないでパニック障害を治そうとする場合、恐怖で一人で外を歩くことが難しくなる。広場恐怖症のためだ。私の場合、ウォーキングしている時に、広場恐怖症の症状がよく理解できた。よく知っているはずの道も(病気になってまだ一人で歩いたことがないところはすべて)、「ここから先に行けるだろうか」と心の中にふっと不安が現れる。場合によってはこれがそのまま動悸になる。パニック障害はこれに打ち勝っていくしかない。出来るだけ初期から始めたほうがいい。電車に乗ることは恐怖(周りの動き)の中に佇むという意味での戦いだが、ウォーキングは恐怖と自分の体ごと戦う練習。自信にもつながるような気がする。

 

漢方薬

漢方医に私が言われたのは「パニック障害は西洋医学では精神(頭)の病気。東洋医学では血の問題。あなたは血が足りていない」。そして血を増やす漢方薬をもらった。西洋と東洋の見解を合わせて実際パニック障害になった私がイメージしてみると、パニック障害は神経の末端まで血が行かないとか、それによる神経の情報伝達の遅延のような感覚を伴っているように思うのだが(反復しすぎによる神経の消耗のようなものでもあるかもしれない、イップスとか、ジストニアとも近いような気がする)、それは医学的な研究をしてみないことにはわからない。ただ、血糖値の上昇と私のパニック障害は確実に関係があると感じるし、アルブミン(血清によって作られている)の点滴をされた時にもひどく症状が悪化し、具合が悪くなったので、血液は一つのキーワードたり得ると思うし、その質や量に関して関心を払う価値があると思う。

とにかく血が足りていない人は血を消耗してはいけないので、激しい運動もしてはならないという。(血虚という症状について調べて欲しい)

2年近く経った今でも、電車に乗るとか何か克服すべきものが目前にあるというわけでもない時にも、やはり自律神経系の不調や、パニック障害的な不安が起こることがある。様々なことに注意を払って2年以上たった今も、まだ起こるそうした症状を抑えていくには、血という観点からのアプローチ、すなわち漢方薬が有効ではないかという気がする。その漢方薬を飲み始めてからまだ数ヶ月だが、薬でだるくなるような症状が減った。筋トレとの相乗効果で自信が増しているように思う。就寝中の唾液による誤嚥が起こっても死の恐怖を感じなくなった。

 

・ビタミンB

ビタミンBを飲むと就寝中の「死ぬーーーー!!」と息ができなくなって目覚める回数が減った。1年くらい飲んだ。

 

・特定の姿勢に対する注意

私の場合寝っ転がって携帯を見たりするとその日1日呼吸が苦しくなったりしていた。これは筋トレによって改善された。

 

・運動

私の場合、ちゃんと運動をしていなかったツケがパニック障害として現れたように思う。鍼治療で深層筋を整えてもらい、かなり良くなってきた直後、インフルエンザにかかり、またものすごい具合が悪くなった。数日間寝たきりになってしまったせいで、身体の中に不安を生成するための要素が溜まってしまったのだと思われた。

あらゆることをしても運動をしなければ真に治ることがない、と1年半くらいで突如さとり、筋トレを始めた。ウォーキングだけではある程度のところまでしか治すことが出来ない。私にとって真に必要な運動は、呼吸器官周りの筋トレのようだった。筋トレを開始してから、誤嚥が著しく減り、誤嚥による恐怖も減少。ただ、機能性ディスペプシアかと思われるような胃痛がかなり増えた。もしかすれば上半身の胃の周辺の筋力だけ強化しているせいかもしれないと思い、腹筋、背筋を追加。特に腹筋を開始してから、下から支える筋肉が出来たせいか、胃痛が減ったように思う。腹筋は特に、生命力の復活を感じさせるものがあるので、オススメ。

 

・鍼治療

パニック障害は深層筋のコリが問題となっていることがある。そのコリをほぐすために鍼治療に通うことは、特にパニック障害発症してすぐの頃に、著しく効果があるのではないかと思われる。ある程度良くなってきたら、定期的な運動をすることでも良いと思う。

 

・セルフお灸、ツボ押し

特に私は海外に住んでいるので、病気の時に頼る家族がいない。自分の心の支えとしてセルフケアの手法をいくつも用意し、具合が悪くなった時に、いつでもできるようにしてある。

 

・アロマオイル

私は特にベルガモットにお世話になった。寝るときに垂らしておいても、悪夢や恐怖での目覚めが減るし、遠出する時もお湯と一緒に必ずハンカチに垂らして持っておく。

 

・頭のマッサージ

私は頭を使う生活をしていたので、頭のマッサージ機を購入し、頭皮を柔らかくした。現在は毎日使用はしていないが、飛行機に乗る際などは必ず安心のために持ち歩いているし、寝る前にマッサージをすると翌日朝まで足がポカポカだったりするので、血流アップに良いと思われる。頭を使う仕事の人にはかなりオススメ。

 

・呪文1「不安と動悸は全く関係がない」

パニック障害は脳の誤作動、とも言われている。危機を感じる際に反応する扁桃体が異常に反応しているのだ。健康体なら何でもない音やら空間感覚やらがダイレクトに緊張や不安、すなわちストレスになってしまい、不調な場合はそれがそのまま動悸になるのだが、「不安と動悸は全く関係がない」と唱えることで、脳の誤解に対して作用させる。特に電車に乗るときに唱える言葉として有効。

 

・呪文2「むしろその方が正常なのかもしれないよ」

友人に言われて励まされた言葉。パニック障害は音や空間に過敏になっている。それは人間が生活の中で鈍感になっている危険への察知が全てオンになった状態とも言える。確かに例えば野生で生きる動物が急に人間世界に入ってくれば、そこにある音や空間の感覚に対してストレスしか覚えないだろう。私は友人に「むしろその方が正常なのかもしれないよ」と言われたとき、「自分の体が異常をきたしている」という恐怖・不安が一つ減った。パニック障害なりたてでどうしようもない恐怖を覚えている人に言ってみてあげてほしい。

プレゼント ービリビリに破いたパンツを贈るようになった経緯ー

 中学生の頃から、私はプレゼントや手紙に趣向を凝らすのが好きだった。バレンタインの時にはお弁当箱に形の違う様々なチョコレートを詰め込み、箸を入れハンカチで包んだり、カセットテープには自分で編集したロックやJ−ポップの歌を曲順まで考えて丁寧に入れ(注意:90年代後半の頃です)、それに付属させる手紙なんかも、パズルの裏に手紙を書いてバラして送ったり、手紙を一行一行切り離して星型に折りたたみ、番号をつけて小瓶に入れて送ったりした。

 それらは大抵、遠距離恋愛をしていた相手に向けたもので、私は彼に年中手紙を書いていたものだから、普通に手紙を書くだけでは飽き飽きしてしまうということもあったし、手紙やプレゼントをする場所が、相手に自分を表現する場になっていたのか、今思えば「私のプレゼント歴」において、私はとんでもないものをあげたり貰ったりしていたような気もする。

 私が貰った物の中で、今思うと異様なものといえば、ゴムに括られて小さな封筒に入れられた10cm程度の茶色い髪の毛の束だ。航空便で私の元に届けられたその毛束を私が嬉しそうに友達に見せると、友達は「何それ、気持ち悪い」と言ったのを覚えている。遠距離をしていた彼がなぜそんなものを送りつけてきたかというと、私が彼の髪型を気に入っていたのにも関わらず、入学した高校の校則でスポーツ刈りにしなければならなくなり、自身もそれを惜しんでいたからだ。「髪の毛が送りつけられる」とだけ考えると気持ち悪いことだが、彼が侍や力士であったら、特別な時に切った髪の毛をプレゼントしてくる人として誰にも気持ち悪がられなかったであろうし、私は「自分にとっての意味」というものに応じて素直に行動をする彼のそういうところを今でも魅力的だと思う。それに、国境を隔てて手紙のやり取りをしていた私たちは手をつなぐこともなかったから、送られてきた髪の毛は相手の身体性を感じられる大事な断片でもあった。(後に実際手をつないだら、髪の毛を貰う時より「気持ち悪い」と感じたのだが。)

 ただし「髪の毛を貰う喜び」を若い時期に体験するか否かで、後の人生というものは変わってしまうものかもしれない。私はその後付き合った相手へのプレゼントに自分の「親知らず」を忍ばせたり、ビリビリに破ったパンツを忍ばせたりする愉快犯的な女になった。今だから言えることだとは言え、こんなことを親が知ったら一体どう思うだろう。

 ビリビリに破ったパンツを入れた経緯はこうだ。大学4年生の時に、医者家系の彼が再度医学部を受験し直すために、忙しくて会えない日が続いた。というか私たちは会わないことを取り決めて、合鍵を貰い、彼がいない時を見計らって掃除をしにいったりするようなもどかしいその時期に、クリスマスシーズンがやってきた。私は彼に何かプレゼントを、と思い、ふと思いつきでワードの文書を作成した。それは確か10個くらいのクイズが載っている紙で、「クイズの正解者の中から抽選でプレゼントが当たる」という趣旨だった。私はその問題用紙、切手を貼った返信用封筒を入れた封筒を、彼の家のポストに入れておいた。数日後クイズの答案が私の家に舞い戻ってきたやいなや、赤いペンで激しい丸付けをする。そして二つ目の文書を作成し、丸付けの済んだ答案とコインロッカーの鍵と共に彼の家のポストに入れる。これが確かクリスマスイブ当日になるように計算してあって、当日彼の家のポストに手紙を入れに行った時には、ケンタッキーだかモスバーガーのおいしいチキンもポストに入れておいた。のちに冷え切ってしまうであろうことも構わずに。

 そして彼が封筒から取り出すであろうはずの文書には堅苦しい文章で次のようなことが書いてある。厳正かつ公平な抽選の結果、プレゼントがあなたの元に届いたのだ、と。社長共々パンツをビリビリに破って喜んでおります、と。そしてコインロッカーの中に用意した大きい紙袋に入ったプレゼントには洋服やお菓子など、本当のプレゼントも当然用意してあるのだが、その中に社長が破いたビリビリのパンツが入れてある、という仕様だ。しかもそれは実際に私が使い古した、不要のパンツなのだが、今思えばよくもまあそんなものを入れたな、という気がしなくもない。ただ私は恥のない人間ではなかったし(むしろ恥は人三倍強い)、とにかく驚かせたいという一心だったのだと思う。だから恥を忍んであえて自分の履いたパンツを入れるしかないと考えたのだろうし(驚きのためには実際に相手に履いているのを見せたことがあるものでないとならない)、自分のパンツでビリビリにしてもいいのは使い古したパンツだと変なところでエコな観点が働いたのだろう。

 私がそういうプレゼントをする女性になったのも、元はと言えば遠距離恋愛の相手とのやり取りの中で、プレゼントがそういう表現の場になっていたということ、相手もそういう表現を喜ぶ人であったこと、そして彼から髪の毛が届いたときに私が「嬉しい」と思ってしまったことからのように思う。常識とは無関係に、二人の間だけの意味に基づいて、何かをプレゼントし合うこと、そしてその中に相手の身体性を匂わす何かがあったという経験が、私をそんな女性に仕立て上げたのだと思う。

家族恐怖症

 

私は結婚する前から結婚を欺瞞だと思っている節がある。

私ほど結婚に拒否感を感じている人間が実際に結婚するケースは稀なんじゃないかというほど、私と結婚の相性は悪い。

結婚が欺瞞だというよりは、私が結婚という私にとっての欺瞞をなぜか遂行している欺瞞に満ちた人間なのだけれど。

でも一言で言ってしまうと、私にとって結婚は欺瞞なのだ。

夫にもそれは伝えてあって、彼も承知の上で結婚している。

念のために言っておくと私の夫は韓国人で、国際結婚の場合、事実婚というわけにはいかない。結婚しないとビザが取れないのだ。

 

私は相手の親族と義理を掛け合うことによくわからない恐ろしさを感じている。

誕生日やお中元、お歳暮のようなものを贈り合うことに何の意味があるのかわからないが、よくわからないなりにカカオトーク上のボタンを押して簡易的に品物を送ったりする。この無駄なポトラッチにお金を掛け合う苦痛。返礼をしなければ常識を疑われる精神的苦痛。

 

結婚して数回目の会合で、義母から、「(私たち)家族じゃない。」と言われた時には、私は知らない人間と紙一枚で家族になったことに身震いがする思いだった。

別に彼らが嫌いな訳じゃない。彼らは良い人であり、どちらかというと好きだが、将来にわたって私にアレヤコレヤと義理の負担を負わせてくると思うと恐ろしくなってしまうのだ。友人として過ごしていくことが前提ならば、もっと好きだったかもしれない。

普通の人たちがどうやって急に、知らない人と家族という縛りをお互いの首に括り合うのかがよくわからない。私は知らない人たちに突如妻という役割を期待され、また演じさせられると思うと、どうしても生理的な拒否感が生まれてしまう。

 

私は別にそういう自分を正当化したい訳でもないし、結婚している人がおかしいと言っている訳でもない。ただ、こういう個人の心境を表す言葉くらい欲しいと思う。私は多分そういうのに生理的な拒否感、恐怖感を感じてしまうたちで、男性恐怖症とかと同じように「家族恐怖症」なのだ。

 

例えば義理の兄弟の子供の写真を見せられる。

赤ちゃんとしてそりゃあ可愛いが、だから何だというのだろう、という気になる。まだ喋りもしない赤ちゃんは、自分にとっては何一つ関係のない人の子供、という気がしてしまう。それを「あなたの甥よ」と言われる。

なんだか父親が勝手に再婚して連れてきた女性に「今日から私があなたのお母さんよ」と馴れ馴れしく言われるような気分だ。

でも一般的には、継母への違和感は理解されても、義理の家族や兄弟の子供へのこんな気持ちは冷淡極まりないということになる。要はちっとも「あるある」じゃない。だから私の中で、家族にそんな感情を内心で抱いているのは「おかしい」と思われてしまうだろうという恐怖がある。だからこんな感情を誰かに言いだすことも、ただ心の中に抱えてることも、簡単なことじゃない。

 

でも本来なら、全く知らない人間と突如家族になるのに、どうして拒否反応が起こらないなんてことがあるのだろう?

と、私の方がまともなのではないか、と思わないわけでもない。

問題は私と常識的な人とでは、タイムラグが激しいことだ。

義母はそのうち私の中で母になるだろうし、甥はきっとそのうち私の中で私の甥になるだろう。

私はただ、今すぐ私の中でその関係を形成することはできないし、義理の優しさや愛情を期待されたくないだけなのだ。

 

私が誰かの子供を可愛いと思うには順序がある。

交流をしていると、純粋に子供らしく近寄ってきてくれる。

そうすると私の中にもその子への情が生まれて、心から可愛いという感情が生まれ、何かをしてあげたいという気持ちが生まれる。

 

でも、それならば、

「可愛いという気持ちが芽生えたら可愛がればいい。家族であろうとなかろうと。」

と思われてくるし、

「戸籍上、家族だからなんだというのだ?なぜ、この括りの中で愛情を注ぐように仕向けられているのだ?」

と思われてくるし、

「なぜ人間は家族を人一倍気にしないといけないのか?」

「なぜ、人間は家族に率先して利益を分配し、共有することが自明かのように振る舞うのか???」・・・・

家族恐怖症の私には、こういう家族否定の発想が次々と入り混じってくる。

 

家族という括りの中で、お互いを大切にしあうこと。

そういう共同体に参加するのが得意な人間がいれば、不得意な人間もいる。

不得意な私は、家族を中心とした共同体の観念が、どうもけち臭くて、鬱陶しい気がしてくる。

私と夫は血で繋がっているわけじゃないのに、なぜか血族と義理のやりとりが諸々セットで付いてくるという違和感。

 

未来の人間たちには、血で繋がるのではなく、魂で繋がる方法はもっと他にあるんじゃないかとか、家族を中心とする時代は終わるのではないかとか(実際今はもう終わりかけなのかもしれないが)、

未来の人間たちは結婚という古いシステムで交わされる義理の感情を不思議がって見るのではないかと、想像上の「別様の世界」に思いを寄せつつ、、、

私は現代の結婚生活を生きている。

 

先日も家族の会合の前に、「会うのが嫌なわけじゃないけど、どうして家族だからという理由で年中会わないといけないの?」と夫に聞いた。(年中と言っても、年に3−4回程度だが)

夫は私の性格を知っているから、ニコニコしながら、

「保険だよ、将来のほ・け・ん。家族以外が、何かあった時に助けてくれると思う?助けてくれないじゃん。さ、行こ!」

と言ってくれる。

家族恐怖症の私の言葉を聞いても、夫の家族を否定していることとは取らず、嫌悪感を持たずに対応してくれる優しさ。

理屈っぽい私に、どうにか理性で納得のいく合理的な理由を言って納得させようとしてくれる優しさ。(保険という機能なら、代替可能なシステムが現れた時に不要になるわけだから、やっぱり家族っていらないんじゃないか、となるが)

そういう優しさに世話をされながら、私は結婚生活を続けている。

 

世の中には様々な、まだ言葉にされていない違和感があるだろう。

通常私のような人間は、結婚しないのが吉なのだと思う。

ただ、私がもし私の個人的な感覚だけで生きようとしたならば、世間と相容れないがゆえに(例えば私は自由にして良いと言われたならば家族の葬式にもいかないタイプだろう。なぜに集団で人の死を弔うのかすら昔から理解ができない。)、しかしそれでは私はこの世界に「生きた」ことにならないのではないかという疑念があるがゆえに、私は差し当り世間に妥協することに慣れきってしまっているし、

また私のような人間が、自己を正当化仕切らずに生きることも、一個人が関係上の齟齬を言語化する契機となるのであるから、何かしらの意味はあるだろう。

 

 

もしかすると私は家族の持つ「所有」の観念に疑問があるのかもしれない。

私の子供、私の夫、私の母。

それは本来どれ一つとして「私のもの」じゃないが、核家族化は、教育も夫婦関係も介護も、最上級にそれらを所有されたもののように扱うことを強いる。

そんなもの、戸籍上の管理は楽かもしれないが、生物的には無理がある。

こういうことは人類学的に婚姻制度と所有の観念の関係性について調べてみたりしなければわからないことだろうと思うが、私はその所有による「関係上の隷属感」に欺瞞や窮屈さを感じているのかもしれない。